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東京地方裁判所 平成5年(ワ)7261号 判決

原告

株式会社アルテカ

被告

トヨタ東京オート株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し金四〇〇万六三五四円及びこれに対する平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告茅場明彦(以下「被告茅場」という。)は、原告に対し、金一五八五万円及びこれに対する平成二年六月五日から同被告が原告に対してメルセデスベンツ五六〇SEL新車一台を引き渡すまで一日当たり金六万円の割合による金員を支払え。

(予備的に)

被告茅場は、原告に対し、金一七一七万六三五四円及びこれに対する平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告トヨタ東京オート株式会社は、原告に対し、金一七一七万六三五四円及びこれに対する平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

二  被告

請求の棄却及び訴訟費用の原告の負担

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  事故の発生等

(1) 次のとおりの事故が発生した。

事故の日時 平成二年六月五日午後六時四五分ころ

事故の場所 東京都港区北青山三丁目三番地先路上

加害者 被告茅場(加害車両を運転)

加害車両 普通貨物自動車(品川四六は一二六七)

被害車両 普通乗用車(品川三三み・六五八。メルセデスベンツ五六〇SEL)

事故の態様 本件事故現場に一時停車中の被害車両の右後部及び右後方側部に、後方から進行してきた被告茅場運転の加害車両の左前部が追突した。そして、さらに、被害車両がその前に駐車していた普通乗用自動車に追突した。

(2) 本件事故の結果、被害車両は、その右後部及び右後方側部が大破し、前部やリアフレームにも損傷を受け、その修理は不可能となつた。

2  本件事故による損害額

被害車両は修理不可能となつたが、その外形上の修理を行つた場合を前提として、損害額を算定すると、次のとおり一七一七万六三五四円となる。

(1) 修理費用(株式会社ヤナセの見積額) 二六八万五三五四円

(2) 評価損(財団法人日本自動車査定協会による評価) 九七万一〇〇〇円

(3) 代車費用相当額 一一五二万円

被害車両と同車種、同仕様の車両のレンタルを前提とした一日当たり六万円を基礎とし、ヤナセの見積もりによる修理予定期間の一九二日分である。なお、原告は、本件事故後、被害車両に代え、タクシーやハイヤーを利用した。

(4) 弁護士費用 二〇〇万円

3  損害賠償請求の根拠(対被告ら)

(1) 被告茅場は、加害車両を運転中、居眠り状態に陥つて前方不注視のまま走行した過失により、被害車両に衝突したから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき義務を負う。

(2) 被告茅場は被告トヨタ東京オート株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であり、本件事故は被告会社の業務執行中に生じたから、被告会社は、民法七一五条に基づき、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき義務を負う。

4  賠償方法の合意(対被告茅場)

(1) 被告茅場は、原告との間で、平成二年六月五日、本件事故に基づく原告の損害を賠償する方法に関し、同被告が原告に対し被害車両と同種・同仕様の新車(メルセデスベンツ五六〇SEL)を供給する旨を約束した。

(2) 被告茅場は、前項の義務を履行しないところ、右同日当時、前記新車の価格は一五八五万円を下らない。

(3) 被害車両と同種の車両の賃借料は、一日六万円を下らない。

よつて、原告は、被告茅場に対し、右合意に基づき、新車価格相当額一五八五万円及び右合意の日である平成二年六月五日からメルセデスベンツ五六〇SELの新車を引き渡すまで一日当たり六万円の割合による金員の支払いを求めるとともに、被告らに対し(被告茅場に対する関係では、右合意が認められなかつた場合の予備的請求として)、金一七一七万六三五四円及びこれに対する本件事故の日である平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(1)の事実のうち、被害車両が一時停止中であつたことは否認するが、その余の事実は認める。被害車両は駐車禁止場所に駐車中であつた。

同(2)のうち、被害車両が損傷したことは認めるが、修理不可能であることは否認する。

2  請求原因2の事実は争う。原告が代車を使用していないのであれば、代車料の損害は発生しない。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実は否認する。

三  抗弁

仮に、請求原因4の合意が成立したとしても、

1  被告茅場は、被害車両に代えて新車を提供する法律上の義務がないにもかかわらず、これが有るものと誤信したものであつて、同被告の意思表示は、要素に錯誤があるものとして、無効である。

2  被害車両は、昭和六二年一二月に登録され、事故当時三万六六〇九キロ走行しており、また、被害車両の修理代は原告の主張によつても二六八万五三五四円に過ぎないものであり、同金額により修理が可能な車両に代えて一五八五万円の新車を提供する旨の合意は、暴利行為として無効である。

3  本件事故発生直後、野村俊光(以下「野村」という。)ら原告の従業員は、被告茅場を取り囲み、同被告の畏怖、困惑に乗じて、同従業員において作成した書面に読む暇を与えることなく署名させることにより、合意させたものであつて、脅迫による意思表示であるから、これを取り消す。

四  抗弁に対する認否

抗弁をすべて争う。

請求原因4の合意は、野村と被告茅場が話し合つた内容に沿つて、原告の従業員である伊藤が文書を作成し、これに同被告が署名することにより有効に成立したものである。右署名時には同被告の回りには被告会社の従業員で加害車両に同乗していた者も存在し、同被告は、簡単に署名を拒否し得たのであり、自由意思により署名したものである。また、請求原因に記載のとおり、被害車両は、本件事故により修理不可能な損壊を受けたのであり、新車提供の約束は不当なものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生等

被害車両が一時停止中であつたことを除き、請求原因1(1)の事実は、当事者に争いがない。甲一一の1ないし5、乙一、証人野村俊光の証言(以下「野村証言」という。)によれば、被害車両は、駐停車禁止場所に停車中であつたことが認められる。

請求原因1(2)の事実は、後記認定のとおり、認められない。

二  原告の損害

1  修理費用

甲五ないし七、九、一〇、一一の1ないし5、一二、野村証言によれば、被害車両は、昭和六二年一二月に新車登録されたメルセデスベンツであつて、本件事故に遇うまでに三万六六一〇キロメートルを走行していたこと、本件事故当時の価格は八七〇万円程度であること、本件事故により右後部を衝突され、後部右側は、主としてトランクルーム部分とバンパー部分に損傷を来し、リアフレーム修正を伴う修理を要すること、また、前部も駐車車両に玉突衝突したことから、バンパー、グリル部分、ヘツドライトの交換等の修理を要すること、原告が株式会社ヤナセに修理費用を見積もらせたところ、リアーフレームの修理も含め、一切の修理に要する費用として二六八万五三五四円と見積もつたことが認められる。

なお、甲六によれば、ヤナセの担当者は、平成三年四月に、原告に対し、リアフレーム修正を伴う大修理であること、長期間の預かりによる塗装、内装等の痛みが激しいことを理由に、右見積額では原告の満足のいく修復はしがたいとして、被害車両の当時の価格として二〇万円と見積もつた上で、廃車等の検討を示唆したことが認められる。しかし、甲五(ヤナセの見積書)、野村証言によれば、前示の修理代金の見積もりは、リアフレーム修正を前提とし、このための特殊作業台を使用しての修理であるため、六ケ月の修理期間を要するものとしてなされていることが認められ、平成三年四月のヤナセ担当者の言動のうち、リアフレーム修正を伴う修理であることは、甲五の見積書に既に織り込み済みのことであつて、相当の減価は修理をしないまま長期間放置したことによる塗装、内装等の痛みを前提としていることが明らかであり、右認定を左右するものではない。

そうすると、被害車両の修理費用は二六八万五三五四円であり、また、同費用を出費することにより、被害車両は修理が可能であると認める。

2  評価損

甲一二によれば、財団法人日本自動車査定協会は、被害車両の評価損を九七万一〇〇〇円と見積もつたことが認められる。

そして、前認定のとおり、被害車両は、本件事故当時、新規登録後約二年半を経たに過ぎないこと、その間三万六六一〇キロメートルを走行したこと、前認定の被害車両の損壊状況、修理費用の額及びその内訳(特に、リアフレーム修正を要すること)、本件事故当時の被害車両の価格を総合すれば、修理費用の約三六パーセントに相当する右評価額をもつて評価損と認めるのが相当である。

3  代車料

原告は、右修理期間について代車料相当代金を請求するが、原告が現実に第三者から代車を賃借したことを認めるに足りる証拠はない。却つて、野村証言によれば、原告は、代車を賃借せず、当初はタクシーやハイヤーを利用したことが認められる。

そうすると、一日六万円の代車料の請求は、およそ理由がないといわなければならない。もっとも、タクシーの代金等は、これに代わる費用として損害と認める余地があり得ないわけではないが、本件全証拠によるも原告がタクシーの代金等にどの程度要したのかは不明であり、結局、代車料請求は認められない。

4  右認定にかかる損害の合計金額は、三六五万六三五四円である。

三  損害賠償の根拠

請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。

四  損害の合意

1  甲二ないし四、乙一、二、野村証言(一部)、被告茅場本人によれば、次の事実が認められる。

(1)  加害車両は、その車体に被告会社の名称を大きく記載したバンであつて、一見して被告会社の商用車であることが明白な車であるところ、被告茅場は、同車両を運転中に気分が悪くなつて意識を失い、本件事故を引き起こした。事故後、原告の営業部の責任者である野村は、原告の従業員である伊藤繁男とともに事故現場にかけつけ、その後、原告の従業員数名や他の車の所有者も事故現場に参集した。そして、野村が中心となつて、事故現場を撮影したり、事故現場で被告茅場に事故の責任を詰問したが、その後、警察の事情聴取が始まり、右詰問は中断した。

(2)  野村は、伊藤に命じて「株式会社アルテカ殿 平成二年六月五日 一八 四五発生 北青山三丁目三―一三 共和五号館ビル前の突込み対物事故について、損害とそれに関する全ての保償を行なう事を約します。又被害者の車輌は新規の車輌にて供給する事を約します。」(原文のまま)との文書(甲二)を作成させ、被告茅場を被害車両と歩道との間に呼び出し、同文書に署名するように要求した。被告茅場は、同紙に書かれた字を目で追うだけで、その意味については十分に理解しなかつたが、お前に弁償してもらうといわれ、また、上司に許可なく署名はできないと拒否したら怒鳴られたので、その場しのぎのため、同紙を被害車両のボンネツトにあてて野村の用意したサインペンで署名し、指印を押した。署名をするまでのやりとりで新しいベンツを買つて返すとの話はなかつたが、「新」及び「車輌」の文字により、新車を提供して弁償することは理解し得るものであつた。署名後、野村は同紙を取り上げ、写しを同被告には渡さなかつた。

(3)  なお、本件事故当時、被告会社の従業員の桑原も車両を運転し、加害車両の前方を走行していた。桑原は、加害車両が追随しないのに気がつき、被告茅場が加害車両を降りてから三〇秒位後に事故現場に引き返したが、桑原が原告の従業員と話し合つている時に、野村が、甲二に署名させるため被告茅場を呼び出したのである。

(4)  その後、被告会社の高井戸営業所工場長の塩貝は、代車としてニツサンローレルを持参して事故現場に赴き、原告の事務所において野村及び伊藤との間で二時間程話し合いを行つた。その間、野村らは、代車の提供を断り、新規の車両を供給するよう要求して、前示の甲二と同様の内容の書面を用意したが、塩貝はこれに署名することを断つた。その後のやりとりの結果、結局、塩貝は、損害賠償義務を認める内容の書面に署名して交渉はまとまつた。そして、事務所を離れるときに、野村は、甲二のコピーを塩貝に渡し、その結果、塩貝は、被告茅場が同書面に署名していたことを初めて知つた。

右認定に反する野村証言の一部は、前示各証拠に照らし、採用しない。

2  原告は、被告茅場が甲二の書面に署名したことにより、原告主張の合意をしたと主張する。しかし、同書面に署名するまでは新規の車両で弁償することについて話し合いが行われておらず、また、その署名に先立ち、同被告には、被害車両の購入後の期間、走行キロ数は勿論のこと、修理が可能か、可能であるとしてどの程度の費用、日数を要するのか、不可能であるとして被害車両の時価はどの程度か等について情報が一切与えられていなかつたのである。さらに、供給すべき車両の車種、供給の時期が具体的に特定されていないのみならず、被害車両の帰属の点も触れられておらず、内容が極めて不明確であるといわなければならない。のみならず、加害車両が被告会社の商用車であることは外形上明らかであつて、野村も、被告会社の業務遂行中の事故であつて、被告茅場が被告会社の担当者と相談することなく個人の費用負担により新規の車両を提供して賠償することは通常有り得ないものと認識し得るというべきである。これらの諸点に、被告茅場が、事故直後で動揺しているときに、同紙に書かれた字を目で追うだけで、その意味については十分に理解しないまま、野村からの強い要請に基づきその場しのぎのために署名したことを総合すると、右署名により新規車両を提供して弁償するとの確定的な意思表示があつたものとみることは困難であり、原告の主張に理由がない。

3  仮に、被告茅場の右署名により原告主張の合意が成立したとしても、前認定のとおり、被害車両は、本件事故当時、新規登録後約二年半を経ており、その間に三万六六一〇キロメートルを走行した、八七〇万円程度の時価のものであり、本件事故により生じた損傷は二六八万五三五四円の修理費用で修理が可能であり、評価損による損害を加えても三六五万六三五四円の損害であるところ、原告主張によれば新規の車両の価格は一五八五万円であつて、新規車両により弁償することは、対価的均衡を著しく欠くものといわなければならない。このことに、被告茅場が、被害車両の購入後の期間、走行キロ数、修理の可否等について情報が一切与えられないまま、事故直後の動揺の最中に、事故現場で右合意をしたことを総合すれば、右合意は暴利行為として公序良俗に反する無効なものであると解するのが相当である。

五  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額、弁護士費用の請求額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金三五万円をもつて相当と認める。

六  結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、金四〇〇万六三五四円及びこれに対する本件事故発生の日である平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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